2016.5.1
No.7

著書「女性と茶の湯のものがたり」(日経)

いつも通り、新聞をながめていると、小さな記事がパッと目に飛び込んで来た。
最近、関心を持ち始めた茶道の記事で、しかも、女性と茶道の歴史を紐解いた本の紹介だった。
著書名は「女性と茶の湯のものがたり」淡交社1600円。


茶道は男性の文化?

茶道の歴史資料にはほとんど女性の茶人は登場しないのだそうだ。
そのため、「茶道は男性の文化」と見られがちとか。そんな一般論を疑い、「資料に残らない実態があるはず」と、研究を続けたのが著者「依田 徹氏」。
著書には、戦国から近現代までの女性茶人の人となりが生き生き描かれているという。
豊臣秀吉の正室おねが茶々(淀君)とともに茶会を開いたという逸話もあるという。

また、江戸初期の遊女、吉野大夫には、ゆかりの道具や茶席も残されているのだそうだ。

袱紗(ふくさ)の由来

 
千利休の妻、宗恩は、秀吉の小田原攻めに随行した夫に送るため、薬を入れる大きな袱紗(ふくさ)を縫った。利休は喜び、後にこのサイズの袱紗が茶道で定着したという。

執筆の動機は?

著者は、受験生のころ、岡倉天心の「茶の本」を読んで、茶道に関心をもち、「大学では茶道部の活動に打ちこみ」、その後、ライフワークとして研究を続けている。

そんな中、「茶席で出会う女性がよく『男性からお茶をお預かりしているだけです』と謙遜すること」に引っ掛かり、「本当に茶道は男性のものなのか」という疑問がこの著書の執筆動機となった。

女性茶人は明治以前にもいたのか?

実際、茶道史の基本資料である「茶会記」には、女性の記述はほとんどないそうだ。
近江彦根藩藩主、井伊直弼(いい なおすけ)の愛娘が茶の稽古をした、というわずかな記述があるだけ。

そのため、著者は彦根藩や嫁ぎ先である高松藩の資料まで調べ上げ、実態を探った。
江戸城の大奥でどんな茶器が使われたかを調べた時には「江戸東京博物館」にこもったそうだ。

その研究のかいもあり、著者は「女性茶人は予想以上に多く、茶道史とのかかわりも深い」と言う。

著者の茶会

著者は自宅アパートでも茶会をしばしば開いているという。
「立派な床の間や、茶道具がなくてもいい。茶道の根本は、人と人との結びつきです」と、日経記事は結んであった。


ネットをちょっとのぞいてみました

ネットでは、一般論として、明治以前の「茶道」は武士、商人、豪農、僧侶達 知識階級の、しかも男性だけの優雅な趣味で、明治時代になり、女性教育の一環として茶道が取り上げられ、徐々に女性人口も増え、今は大半が女性となったと書かれていました。

この著者は、明治以前の、通常男性のものだった「茶道」にも、女性はかかわっていたはずと、研究されたのだと思う。研究とは、人のやっていないことに視点を当てることが最も重要。
ただ、わたしの場合はこの本を読む前に、まず初心者のための茶道の本を手に入れるほうが先決のようです(^_^;)。

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